丹羽 秀延(にわ ひでのぶ)は、江戸時代中期の大名。陸奥国二本松藩の第4代藩主。通称は五郎三郎。官位は従四位下・左京大夫。丹羽家第5代。

略歴

第3代藩主・丹羽長之の長男。母は家女房の松木氏。初名は尹重。正室は阿部正邦の娘。

元禄14年(1701年)2月3日、父・長之の死により家督を相続する。同年2月15日、5代将軍・徳川綱吉にお目見えする。元禄16年12月21日、従五位下左京大夫に叙任する。宝永5年(1708年)12月18日、従四位下に昇進した。

享保13年(1728年)に死去した。戒名は泰雲院殿鐵山玄榮大居士。墓所は福島県二本松市の大隣寺。

子に恵まれず、藩祖・丹羽長秀の六男で旗本1500石となった丹羽長紹(丹羽長次)の子孫・長道の長男・高寛を末期養子に迎えた。

系譜

父母

  • 丹羽長之(父)
  • 松本氏 ー 側室(母)

正室

  • 阿部正邦の娘

養子

  • 丹羽高寛 ー 丹羽長道の長男

関連項目

  • 菅船神社

★3/丹羽長秀 戦国百花伝攻略Wiki

出陣より 丹羽長秀&堀秀政☆ げむおた街道をゆく

文件丹羽久秀.png 萌娘共享

スペシャル vol.15 げむおた街道をゆく

スペシャル vol.22 げむおた街道をゆく